フェラーリ独特の赤みを帯びたエンツォ・フェラーリです。エンツォのデザイナーは言うまでもなくケン奥山こと奥山清行氏ですが、このエンツォについてはゼロから15分で書き上げたとの話が広まっています。確か書籍でもそのように描写されていたかと記憶していますが、実際に奥山さんの講演を聴いたところ、少し違った風に仰っていました。
奥山さん曰く、「実はその時にデザインスタジオでずっと進行していたデザインは良くなかった、つまんない。人間は絶対に失敗できないプロジェクトでは非常に固くなってつまんなくなる。実はこの絵(注:エンツォのスケッチ)は15分で描いたんじゃなくて、事前に準備してたんです。いつかこの絵を見せる機会がくれば良いなと思って机の一番奥に隠していたにもかかわらず、なぜか僕の上司のラマチョッティは僕がその絵を描いたことを知ってたんです」。
ここからは、決裁権を持つモンテゼモロ会長がヘリコプターで帰ろうとしたところを引き留めてサンドイッチを食べさせるという、エンツォファンにとってはお馴染みの場面です。サンドイッチで足止めして時間稼ぎをしつつ、「お前に15分やるから、15分で絵を描いてこい、必ず採用されるよ」とウィンクするラマチョッティの言葉を受け、奥山さんが15分でやったことといえば、スタジオまでの往復を走ったことと、「まだ塗り終わってない赤を塗っただけ」とのことでした。
15分あれば塗れたのに、フェラーリの象徴でもある赤色を最後まで塗らずにとっておいたこと、いわばフィニッシングタッチを敢えてせずに机にしまっていたことが、非常に興味深いです。外からは安易に窺い知れない心の揺れや葛藤があったのでしょう。そうやって完成したエンツォについて、「この場でもしこの車を持ってる方がいらっしゃいましたら、飽きたら是非僕に売っていただきたい。余りに良い仕事をし過ぎてデザインした本人も買えない」と笑っていました。
奥山さんがピニンファリーナ時代に培ったデザイン哲学は、「モダン・シンプル・タイムレス」とのことですが、このエンツォは間違いなくその哲学形成に一役買っていることでしょう。世に出て10年以上経ってもなお、ただ駐車されているだけでそこが記念撮影会場と化してしまうのですから。
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